特集「日本に漂着し厄介者扱いされるエチゼンクラゲ」

  今回厄介者扱いされるエチゼンクラゲについて、関係者の方々にそれぞれの立場から考えていただきました。
① 日本海に漂着するエチゼンクラゲを加工 くらげ普及協会
② エチゼンクラゲの生態研究の立場から 豊川雅哉 (独)水産総合研究センター 主任研究員
③ エチゼンクラゲの有効活用の研究の立場から 丑田公規 北里大学理学部 教授
④ エチゼンクラゲを地元で加工し製品化した立場から 岡松幸仁 福井県 岡松醤油醸造元 代表
⑤ エチゼンクラゲを販売する立場から 福田金男 汲ュら研 代表取締役

① 日本海に漂着するエチゼンクラゲを加工

くらげ普及協会

近年日本海にエチゼンクラゲが漂着し、定置網にエチゼンクラゲが入り込み、漁業に影響を与えています。その現状を視察し、少しでも漁民の方のお役に立てばという思いからエチゼンクラゲを加工し販売しようと考え、「くらげ普及協会」のメンバーでもある福井県の岡松幸仁さんと一緒に2009年エチゼンクラゲを加工致しました。

エチゼンクラゲ エチゼンクラゲ エチゼンクラゲ

充分料理店さんで使える品質に加工出来ましたが、2010年2011年漂着せず加工できませんでした。2012年漂着が予想されていますので加工する予定です。

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② エチゼンクラゲの生態研究の立場から

豊川雅哉
独立行政法人 水産総合研究センター
西海区水産研究所 資源海洋部 海洋環境グループ
主任研究員 博士(農学生命科学)

エチゼンクラゲは日本海沿岸で大発生して、定置網に被害を与える巨大なクラゲ、ということで有名になりました。大発生は2002年に突然始まり、2003年以降、2005年、2006年中規模発生、2007年、2009年とほぼ隔年で続いています。このような大発生は、1958年に記録されているだけです。1995年にも発生がありましたが、2000年代の発生と比べると小規模なものでした。

皆さんも、このクラゲがどうして大発生するようになったのか?と疑問を感じられることでしょう。結論から申し上げると、どうして大発生するのかは良くわかっていません。しかし、どこで、いつ頃発生し、どのような経路でやって来るのか?については、かなり詳しくわかって来ました。

大型クラゲ関連情報 2005年(水産総合研究センター 日本海区水産研究所)にある、日本周辺でのエチゼンクラゲ目撃情報の推移のアニメーションをご覧ください。

エチゼンクラゲは7月か8月に対馬周辺にまず現れ、その後日本海を東に進んで、日本沿岸に広がって行く様子が見て取れます。もし、エチゼンクラゲが日本沿岸で生まれているのなら、このように西から東へと一定方向で出現が進むのではなく、季節の訪れとともに、一斉に出現するはずです。また、大きく成長する前の小さいクラゲが多数見つかり、その後だんだんに大きなクラゲが見られるようになって行くはずです。しかし、日本沿岸に出現するエチゼンクラゲは、最初から直径数十cmの大きさです。(上記大型クラゲ関連情報のページにリンクのある出現情報のページで、7月から8月の目撃の集計表を開いて見ていただければ確認できます。)2004年以来、エチゼンクラゲの出現を監視する調査がたくさん行われていますが、日本沿岸で直径5cm以下の小さなエチゼンクラゲが見つかったことは、一度もありません。少なくとも現在までのところ、日本沿岸ではエチゼンクラゲは発生しないと考えてよいようです。

それでは、どこで発生しているのでしょうか?
最初にエチゼンクラゲが出現する対馬近海には、南西から対馬海流が流れています。エチゼンクラゲは対馬よりも南西からやって来るようです。実は、日本がエチゼンクラゲの大量出現に悩まされている時、韓国沿岸でもエチゼンクラゲが大量出現して、漁網に被害を与えたり、海水浴客が刺されたりしていました。また、中国では渤海沿岸では昔からエチゼンクラゲが漁獲され、食べられていました。渤海の沿岸や韓国の沿岸では、直径1cmほどの小さなエチゼンクラゲも見つかりました。エチゼンクラゲの発生源は黄海から渤海にあったのです【図参照】。
2004年以来、日中韓の三か国で協力して調査を進めて来た結果、以下のようなところまで研究が進みました。

エチゼンクラゲは5月に黄海から渤海にかけて発生し、6月には目で見えるサイズになります。黄海や渤海での発生が多い年と少ない年があること、ある程度発生が多くても日本に大量に来ない年もあることがわかりました。例えば2004年は日本での出現は少なかったですが、黄海では普通に出現していました。2010年は黄海でも渤海でもエチゼンクラゲは大不漁で、日本にもほとんど出現がありませんでした。

そこで6月から日本と中国や韓国を往復するフェリーからの目視調査が行われ、調査船による採集調査とも合わせて、その年の発生が多いか少ないか、いつ頃日本にやって来そうかを、詳しく調べています。さらに、海の流れを詳しく計算することで、日本沿岸各地への到達時期を予測できるようになりました。

研究の最前線は、どうして黄海で大量発生年とそうでない年があるのか?黄海からクラゲが流れ出しやすい年とそうでない年があるのか?というところに移って来ています。しかし、黄海には北朝鮮も入れて3カ国もの日本から見て外国が接しており、科学的な情報を得るのは大変困難です。今後とも、日中韓の科学者間での交流を深めることで、研究を前進させていきたいと考えています。

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③ エチゼンクラゲの有効利用の研究の立場から

丑田公規
北里大学 理学部化学科 教授 理学博士 
URL: http://www.kitasato-u.ac.jp/sci/resea/kagaku/HP_kikou/indexA.html

1.私とエチゼンクラゲ

エチゼンクラゲの姿を初めて見たのは2005年のお盆過ぎのことでした。

その年の春先、ミズクラゲをもらいうけに行った京都府京丹後市のとある定置網組合(三津漁業生産組合)のM漁労長から「ミズクラゲよりも、あの化け物何とかしてください」と言われたのがきっかけです。その年の7月にミズクラゲから抽出したクニウムチンの特許申請をした頃、頼んでいた博多湾のミズクラゲ採取を見に福岡に滞在していた私は、五島列島や対馬沖で小型のエチゼンクラゲがかかり始めたことを知りました。頭の片隅にあったエチゼンクラゲがいよいよ来たかと、今もクルマの中でラジオニュースを聞いて思ったことをよく覚えています。そして、お盆にたまたま京都市内に滞在していた私は「明日あたり来そうだ」という連絡をM漁労長からもらって、翌日始発の普通電車で丹後半島に赴き、漁港に引き上げられていたエチゼンクラゲの姿を最初に見たのでした。確かにTV番組などでは頻繁に見ることが多かったクラゲでしたが、実際の大きさ、質感、におい、運動を見たのは初めてのことでした。その後、採集したエチゼンクラゲからミズクラゲと同じアミノ酸配列を持ったクニウムチンが見つかって、10月に再度大量採集に丹後に向かいました。それ以来、何度もこのエチゼンクラゲを採集したり、撮影したり、人工授精実験をしたりして、その都度、その有効利用方法について考えてきましたが、ここでは私の考えの一部を披露しましょう。

2.なぜ有効利用は進まないのか

エチゼンクラゲの有効利用というのは、かなり以前から、様々な人たちが努力してきておられます。福井県では試験場や漁業関係者をあげて取り組んでおられますし、TVのニュースになった成果だけでもたくさんあります。クラゲアイス(京丹後市加茂水族館)、クラゲ入りクッキー、羽二重餅(この2件は福井県)、クラゲのラーメン(加茂水族館)など、表面上大成功というニュースはたくさん聞きますが、さて、それが本格的に産業化されたという話はあまり聞こえてきません。死屍累々、報道されていないたくさんの努力と挫折が存在しているのです。(うまく行かなかった話は報道されないからです。)山形県の加茂水族館で継続的に提供されているクラゲ料理は数少ない成功例で、そういう背景を知っている私としては、同館の努力は敬服に値するものだと思っています。小さな成功例も、何年か経って物珍しさがなくなると、いつしか廃止されたり、忘れ去られるものだからです。こういう意味で「解決されたようでよかったね」で済ませてしまう報道のあり方も気になるところです。

それはこういう事情も背景にあります。エチゼンクラゲが大量発生すると、浜にはたくさんのクラゲが集積します。漁師さんに頼めば「4-5匹ただで持って帰ってもいいよ」と言われるでしょう。そういったものを使って仕入れ値をかけず、小規模なお菓子に加工するなどして、一時的に「一儲け」商売として成り立つことは可能です。でも、1日1000匹の規模で一カ所に押し寄せるクラゲ問題を根本的に解決することにはならないのです。

たとえばクラゲには豊富に親水性コラーゲンやペプチドがあることは、古くから知られていて、1990年頃から5年に一度くらい論文が繰り返し発表されています。国内だけでも両手の指に余る会社が今まで生産してきました。特許も出ていますし、元々漢方の乾燥クラゲにも見られていた弱い薬理作用(アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害活性:血圧を下げる効果がある)も確認されています。特に親水性で、保水力の高いU型あるいはX型のコラーゲンが多いとされていますが、そんなにいいものがあるはずなのに、これが大がかりに販売されたという話は聞きません。それはいったいどうしてでしょうか?

ここではクラゲを捕って、運んで、保存して、加工して、利用するということ全体を順番に考えてみましょう。

3.クラゲの捕獲

エチゼンクラゲが大発生すると、日本各地の定置網に大量に入網し始めます。定置網は、登録制で海図にも書かれていて、むやみに動かすことはできませんから、撤去するか、閉じてしまうかの他は、なすすべはありません。最盛期の例で言うと、一つの定置網に1日最大5000-10000匹。1匹50-250kgとして平均100kgと考えるとおよそ最大500-1000トンということになります。これを定置網の外に追い出しても、翌朝同じだけ入ってしまうようなことが毎日続きます。天候のせいで毎日漁ができないとしても、1ヶ月程度クラゲの最盛期は続きますから、1年間に500トン20回で1万トン程度。発生地域の定置網は全部で数100網程度はあるでしょうから、ざっと100万トンのエチゼンクラゲが1年間に捕獲されることになります。エチゼンクラゲの季節は台風の時期と重なりますから、破網の危険も大きく、いったん網が壊れると数千万単位のお金がかかることもしばしばです。(エチゼンクラゲ以外に、都市部で捕獲されるミズクラゲや、北方の太平洋で捕獲されるキタミズクラゲ(pdf)もほぼ同じくらいの量になると見られます。)

しかし、多くの定置網業者は零細ですから、2-30名程度の数の従業員で一日数百トンのクラゲを採って出荷するようなことは、今のままではほとんど無理でしょう。エチゼンクラゲは水をいっぱいに詰めて封をしたビニールの大型ゴミ袋のようなものですから、船の上に引き上げたり、持ち運んだりするには相当な労力が必要です。(実際の映像はここ)専用の漁具やクレーンなども必要でしょうが、それだけのために投資をすることは難しいし、エチゼンクラゲは全く発生しない年もありますからリスクも大きいことがわかるでしょう。つまり、あくまで、定置網漁の人的経済的被害を軽減するためのバイパス事業、つまりブリ・ハマチやサケ・マスを採取する正規な漁業の副業として成立しない限り、産業化は難しいことになります。そのためには国や自治体など社会資本からの援助も必ず必要になります。

4.環境コストと輸送コスト

ここでは環境コストと輸送コストとのバランスを考えてみましょう。

福岡市の魚市場(福岡市鮮魚市場)は近隣の海域で操業する巻き網や底曳き網漁船の基地になっていますが、これらの網に否応なしに入網し、仕分けされないまま自動的にコンベアで陸揚げされてしまうエチゼンクラゲも最盛期には1日数10トン以上になるそうです。いったん陸揚げされたものは法律的には「産業廃棄物」になってしまいますから、むやみに投棄することはできず、決められた処理(たとえば焼却処理)を確実に行わなければなりません。97%が水分のクラゲ廃棄物でも、重量で処理金額が決められますし、水分が多いことで焼却炉では重油などを追加しなければならず、さらに高額な費用が必要とされます。その結果、この鮮魚市場では、年間数千万円の処理費用を要したこともあったそうです。もっと人口の少ないところにある港や、広い敷地のある発電所などでは、クラゲが自然に腐敗して液化するまで野積みしておいても、あまり問題にはなりませんが、福岡市はすぐそばのマンションなどに居住している人や商売をしている人がたくさんいます。そこで、同魚市場では、クラゲを破砕して即日液化して、環境基準を満たした排水として処理することを選択しています。

しかし、これらの手法の有効性も経済状況が変わると変化してきます。たとえば石油価格が上昇すると、各漁船は無駄なものを積んで長距離航行することは好まないので、沖合でクラゲを選別して、漁場で投棄する漁船も増えるでしょうし、そもそも福岡市場まで運ぶコストを考えて、値が安くなっても近郷の小さな港に水揚げする機会も増えてしまいます。その場合は、福岡市場で待ち受けていてもクラゲが思うように集まらないことになります。

1972年に制定されたロンドン条約の1996年の議定書に基づいて、国内では2002年の廃棄物処理法によって海洋投棄は禁止されていますが、船からクラゲを海に戻すことや定置網からクラゲを外に出すことは「クラゲの海上処理」として認められています。

このようにクラゲを廃棄物と考えるか資源と考えるかは、法的に微妙な側面があります。たとえば発電所などではクラゲを仕分けしても、水路に残して引き上げず「そのまま海にお帰りいただく」処理法を採っているところも多くありますが、これは「産業廃棄物としない」一つの取り組みでしょう。

集積されたクラゲも97%が水分で、それをそのまま輸送しても、ほとんどが無駄で、燃料を無駄遣いして炭酸ガスを放出するだけの行為になってしまいます。また、産業廃棄物は原則として都道府県境を越えて移動してはいけないので、自治体単位、あるいは漁場や漁港のごく近くでの減量化処理が必要であることは間違いないでしょう。私は、こういう点からもクラゲ利用においては地元に密着した漁業関係者との協業は必然であろうと考えています。

5.保存の利かないエチゼンクラゲ

クラゲに関しては保存が難しいことも重要な問題点です。クラゲはたとえ死んでも水中にいるときは安定ですが、それでも数日で組織が崩壊して海の栄養分となってしまいます。利用のために陸揚げして、空気にさらされるとバクテリアなどによって急速に腐敗が進みます。さらに、自分自身の持つ消化酵素によって身体のコラーゲン質が一部分解して流動化し「溶けて」しまいます。一般的に腐敗はバクテリアの活動を低温(氷温以下)で抑制すれば停まりますが、後者の消化酵素は-80℃でも停止することなく分解を進めますし、阻害剤なども一部にしか効かないようです。つまり冷凍保存がほとんど用をなさないと言うことになります。

これに対して食用クラゲで行われている「塩蔵(塩クラゲ)」は、水に溶けにくいコラーゲン質の多い種類のクラゲに限れば、最も有効な方法で、処理後に冷凍保存は可能になります。しかし、塩漬けにした段階で外部に水分とともに溶け出してしまう有効成分なども多く、用途によって不適切な保存方法と言うことになってしまいます。特にエチゼンクラゲは塩蔵後に残留する成分が極端に少なく、大半が溶け出してしまうことが難点で、ビゼンクラゲやヒゼンクラゲとは全く異なった結果となります。おそらくこれはエチゼンクラゲの成長の速さと関係しているのでしょう。

6.肥料や飼料としての利用

エチゼンクラゲを肥料や飼料に利用するにしても高い塩分が問題になります。たとえば、そのまま畑地に撒いても、塩害で「ぺんぺん草も生えない」状態になり、作物はすぐには育たないようです。飼料や飼料添加物を目指しても、高い塩分のままでは家畜もあまり好んで食べないでしょう。かといって、脱塩して利用するとしても莫大な費用がかかります。たとえば広大な荒れ地があれば、そこに撒いて雨によって塩分をゆっくりと除去することも可能ですが、「最終処分場」さえなかなか作れない日本の国土にはそのような処理方法に適した場所は少ないでしょう。また、そういう広い空き地のある場所にまで輸送するコストも必要になってしまいます。悪臭や腐敗による細菌の発生なども考慮すると難しいと考えざるを得ません。結局ここでも輸送コストや環境コストが企業化のネックになっていることがわかりますね。

7.有価物(高付加価値物質)の抽出

クニウムチンなど有価物(高付加価値物質)の抽出については、多くの場合、大きな抽出コストがかかります。たとえば、沖縄で養殖されているもずくの場合、もずくに含まれるフコイダンという制がん能力のある化合物を取り出して、医薬品や健康食品や食品添加物として利用するよりも、「フコイダンが含まれる」健康食品としてもずくをそのまま出荷した方が利益が上がりやすいなどということが起こります。もちろんフコイダンは料理として楽しめませんが、もずくは料理として楽しめます。また、ヒアルロン酸は、昔から鶏のトサカなどから抽出されていましたが、天然物抽出では全く採算が合わないため普及しなかったのです。最近急に普及し始めたのはバイオテクノロジー生産で大幅にコストが下がったことによるものです。

このように、天然物からの有効成分抽出で、かえって原料の価値が下がって、産業として成立しないことはよくあることなのです。これを克服するには、抽出を工夫してコストダウンなどに取り組むことや、抽出物に桁違いの付加価値をつけることなど、過酷な技術開発が必要でしょう。

たとえば、ヒアルロン酸、コラーゲンに代表される化粧品材料や、健康食品材料は、その最終製品価格から大きな利益が得られるように錯覚しがちですが、実際の材料価格は驚くほど低く(価格の数%以下)抑えられているのが通例で、これらは宣伝や容器代にかかるコストの方が大きいのが普通です。材料として製品化して、化粧品会社に買い取ってもらっても、安く買いたたかれるので、抽出コストを回収する付加価値を発生させるのは至難の業です。

その他に類似品や競争製品との市場争いもあります。たとえばクラゲのコラーゲンを取ってみても、他の生物材料(たとえば魚の鱗など)からのコラーゲンと差別化し、著しい効能などの新しい付加価値をつけない限り、市場で戦う競争力をつけることは難しいでしょう。「他のコラーゲンと大差がない」状態では価格だけが勝負になります。

その点、食品としての利用は工程も少なく、製造コストも小さいので利幅の大きい産業になりますから、食用がやはり基本的な利用方法と言うことになるでしょう。上記のような有効成分の存在を謳って、(実際は抽出も強化もせずに)高付加価値な食品を作ることが近道である場合も考えられます。たとえばツナ缶が「DHA入り」を缶に表示しただけで従来製品のまま大幅に売り上げが伸びたことも過去にはありました。

しかし、たとえ実験的に効果が証明された有効成分であっても、食事やサプリメントとしての摂取効果に対しては、科学的根拠が存在しないことが大半です。最近は効果を測定する実験感度がよくなったこともあって、発見された効果が、ごく弱い「毒にも薬にもならない」程度のものであることも多いのです。こういった効果が小さいものは、薬事法で認められる薬物にならないがゆえに「トクホ」の認定を受けるようにするわけです。

こういった食品などの販売は、利益を重んじるあまり「偽科学」を提唱して、消費者を欺いてしまうことになる危険性には十分注意しなければなりません。業者の方は、商業活動の中で少し大目に見てもらえますが、科学者や公的機関に属する人は、「営業妨害」と告訴されない程度に、責任ある発言をしなくてはいけないでしょう。こういったことも十分に配慮しながら、人類の生活を豊かにする食文化としての未来を目指すことはとても重要だと考えています。

8.国際的なクラゲ利用の流れについて(補足)

私は2010年11月にモナコの海洋関係の国際研究機関CIESM(正式名称は仏語でCommission Internationale pour l' Exploration Scientifique de la Mer Méditerranée)で開かれたフォーラムに東洋人としてただ一人招かれました。地中海地方、たとえばイスラエルなどではクラゲの大発生に苦慮しています。その会議では、"クラゲのマーケッティング"という分科会が持たれ、クラゲの利用方法について分析し、私たちがまとめた表(pdf)がリリースされています。食料、食品添加物、飼料、肥料、建築資材への混合、有価物(高付加価値物質)の抽出などに分けて問題点と課題が示されていますのでご覧ください。

EUの科学技術関係の基金ESFのMARCOM+プロジェクトがこの会議のスポンサーでしたが、このCIESMの"Jellywatch"だけでなくアメリカのNSFも"Jellyfish gone wild"という国際的なクラゲ調査プロジェクトを推進していました。日本では広島大学の上先生を中心とした"STOPJELLY"プロジェクトが行われていました。

西洋文化に属する人たちも「クラゲの有効利用」を考え始めています。近年寿司をはじめとする日本食が急速に普及したように、新しい食文化としてエチゼンクラゲをはじめとしたクラゲが利用されていく可能性は十分にあると考えています。人類全体や日本民族は海洋を利用し続けてきましたが、環境を守りながら、賢く、子々孫々まで永続的に海洋を利用していく工夫が、レベルの高い一歩進んだ文明や文化として必要なのだと痛感しています。

最後に、エピソードを一つ。私がムチン抽出を発表したとき、アメリカ化学会がプレスリリースしたので世界中から問い合わせがありました。そのうちイギリスの高級紙Daily Telegraphの名うての記者さんがコンタクトしてきて記事にしてくれたのですが、最初の原稿には「日本人はクラゲを寿司にして食べる。」と書いてありました。もちろん、石垣島のハブクラゲなど、一部ではすでにそう言う話もありましたが、これは間違いです。そこで「クラゲを食べるのは中国料理で、一般的な寿司ではクラゲを使わない」と反論し、最終的に掲載記事からはそのコメントは消えました。そのときに、ちょっと皮肉を込めて、「だが、ロンドンの寿司バーでは、そんなことになっているかもしれんね。」などと一言付け足したものです。あれから5年ほど経って、世界中の寿司バーは、またどんどん変化しているかも知れませんね。

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④ エチゼンクラゲを地元で加工し製品化した立場から

岡松幸仁
福井県 岡松醤油醸造元 代表

エチゼンクラゲの漁業への被害が言われ始めたのは、今から8年ほど前のことでしょうか?ちょうどそのころ、福井県産品にこだわった新商品の開発を考えており、厄介者のエチゼンクラゲを食材として利用できれば少しは漁業被害のお役に立てるのではと思いました。駆除するだけではなく、食べて減らそう!です。行政サイドはエチゼンクラゲという名前が風評被害をもたらすと、しきりに「大型クラゲ」という名称を使うよう呼びかけていましたが、せっかく付いている「エチゼン」を生かさない手はありません。そこで、以前から醤油や味噌の加工で相談に何度か訪れている福井県食品加工研究所にお邪魔して、エチゼンクラゲの有効利用について聞いてみることにしました。

食品加工研究所では、エチゼンクラゲの有効利用の試験を行っており、基本的な加工法である塩クラゲへの加工に取り組んでいるとのことでした。そこで早速現場を見ようということで、福井県の沿岸にある越前町にお邪魔し、定置網船に乗せてもらいました。もちろんサンプルの入手を兼ねていたのですが、思ったよりも大きく、重量も半端ではないことが実感できました。素人が気軽に取ってきて加工するということはとても出来そうもないことが分かりましたが、とりあえずそこでサンプルを確保し、塩クラゲ作りから始めました。食品加工研究所では塩クラゲの製造技術が確立されており、施設をおかりしながら技術指導を受けました。その結果、加工に使うミョウバンや大量の塩などのコスト、加工に要する設備や、労力が課題として考えられました。

作った塩クラゲを用いて、何か商品を開発するわけですが、福井県は梅の産地でもあり、クラゲとも相性の良い紅映梅を使った商品にすることにしました。試行錯誤を重ね、水戻しした塩クラゲを梅味噌であえた「梅味噌エチゼンクラゲ」が完成したのは2年ほどたったころでしょうか。発売するにあたっては何度も試食をしてもらいながら、調製を重ねたのですが、多くの方は好意的でしたがエチゼンクラゲというだけで気持ちが悪がる人、恐る恐る食べる人などさまざまな反応があり大変参考になりました。また「新しいふくいの味、県食品コンクール」では知事賞に次ぐ優秀賞、全国水産加工品総合品質審査会では大日本水産会会長賞を受賞し、マスコミから取材を受ける機会が増えかなり手ごたえを感じるようになりました。その後改良を重ね、地元久保田酒造の日本酒に漬け込んだ完熟紅映梅と福井県産酒米山田錦の米麹を甘酒にし、味噌とからめ自然海塩(越前塩)で味付けした、福井県産品にこだわった、身体に優しいおかずみそ「完熟梅みそ越前海月」が完成しました。11月〜4月下旬までの限定販売で日本酒のつまみに最適です。

塩クラゲは福井県食品加工研究所の加工方法と中国式の加工方法の良い点を参考に、丁寧な仕事で安定した質の良い製品をめざし、自分流にアレンジした方法で加工しました。クラゲそれぞれに個性があり品質を揃えるのに苦労します。しかし商品を継続的に供給するには、効率的な漁獲方法の確立が望まれ、現場の漁業者サイドからの提案が必要となるでしょう。また鮮度や輸送コストなどを考えれば現場近くに加工場を確保し、地元の人達に仕事をしていただく場を提供し、共存共栄できる形が重要だと思います。そして製造コストの縮減という課題も残っています。

   このようにエチゼンクラゲの加工には様々な障害が残っていますが、くら研福田氏の指導のもと、料理人の方にも評価されるような塩クラゲの作成にも取り組んでおり、一定の評価を得ることが出来るようになりました。これからはその技術を高めたうえで、利益が出るような量産体制を確立する必要があると考えています。

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⑤ エチゼンクラゲを販売する立場から

福田金男
汲ュら研 代表取締役

エチゼンクラゲは、既に日本では中国から輸入され「沙クラゲ」の名前で業務用として流通しているクラゲです。肉質は柔らかいのですが、このところの景気の情況から業務用ではリーズナブルな単価のクラゲを必要としているお店が増え多く使われています。多くは中国で8o幅や6o幅でカットされ輸入されています。

中国産エチゼンクラゲ 中国産エチゼンクラゲ8oカット
中国産エチゼンクラゲ 中国産エチゼンクラゲ8oカット

中国から輸入されるエチゼンクラゲの単価は安く、日本で加工した場合輸入エチゼンクラゲの単価の3倍以上の単価になり、塩クラゲに加工する場合普通の品質では大量に販売することは難しいと言わざるを得ません。しかし高級中国料理店でも使えるような良い品質に加工出来れば、業務用クラゲ業界では「国産クラゲ」というネームバリューを生かせますので人気のクラゲになる可能性は充分あると考えます。よって良い品質のクラゲに加工できるかどうかが鍵となります。また2009年試作的に加工した福井県産エチゼンクラゲの品質はもう一回試作が必要ですがかなり良い品質に加工されており今後期待されます。

福井県産エチゼンクラゲ エチゼンクラゲと紅芯大根の和え物
福井県産エチゼンクラゲ エチゼンクラゲと紅芯大根の和え物

また塩クラゲに加工することに限定せず、中国遼寧省や山東省では夏〜秋に生のエチゼンクラゲを使った料理を食べています。海鮮料理店の店先に塩水に浸かった生エチゼンクラゲが置いてあり、それを選べば細くカットした生エチゼンクラゲを冷たい甘酢や黒酢スープで食べられます。日本的な味付けにすれば日本でも食べてもらえる料理になると確信致します。生で食べられるかどうかについては2007年東京海洋大学教授で刺胞を研究されている永井先生に聞いたところ、生でも食べられるとのご返事をいただきました。よって一つ生の料理が広まれば、新しい料理を開発する人も出てきて、厄介者のエチゼンクラゲに目を背けていた漁民の方が逆に自らエチゼンクラゲを獲りに行くようになり、これこそ日本でのエチゼンクラゲ漁のきっかけになる可能性があります。また生で使えれば加工費も少なくてすみ、鮮魚と一緒に市場で取引ができ、漁民の方が望む方向ではないかと考えます。

中国では海鮮料理店の店先に置いてあります
中国では海鮮料理店の店先に置いてあります
中国大連市にて 中国大連市にて 中国青島市にて
中国大連市にて 中国大連市にて 中国青島市にて

また生のエチゼンクラゲをしゃぶしゃぶで食べることも出来ますし、ふぐ刺しのように並べお刺身としても食べられます。まだまだ新しい生のエチゼンクラゲを使った料理が次々と開発される可能性もあります。

お刺身として v 煮物の具として
お刺身として 甘酢スープとして 煮物の具として

このように現在品質の良い塩クラゲの加工もあと一歩のところに来ており、生でも食べられますし、「国産クラゲ」としてネームバリューもあり魅力的な食材であることは間違いありません。

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