【連載】クラゲの機能性

第1回 クラゲに含まれる機能性物質

丑田 公規北里大学 理学部化学科 教授 理学博士 
URL: http://www.kitasato-u.ac.jp/sci/resea/kagaku/HP_kikou/indexA.html

序章

このコラムでは、クラゲの身体を構成するについて解説することにします。クラゲは塩クラゲにするなどして、加工したものを食べていますが、泳いでいる生のクラゲを刺身にして食べることは全くといっていいほどありません。しかし、生きているクラゲには様々な物質が含まれていますが、その中身についてご紹介したいと思います。ただし、見ての通り、あまり栄養がありそうな感じもしませんし、食べてすぐ効果のある成分もあまり含まれていないのが実情です。

クラゲを食べること

クラゲのほとんどは水分です。種類によって違うようですが95-97%が水分で、残りの半分ずつが塩分と有機物です。驚くべきことですが有効成分の候補となる有機物はわずか1-2%ということになります。この1-2%の物質であの大きな身体を動かしているのですから不思議な生き物ですね。お菓子のコーヒーゼリーを作るときなどには2%程度の粉ゼラチンを水に溶かして作りますから、大体同じような分量になりますね。でも、コーヒーゼリーは動いたりしません。
クラゲの身体を構築する1-2%の有機物で一番多いのは、コラーゲンです。コラーゲンというものを最近では「お肌ぷるぷる物質」として考えるようになっていますが、実際にはコラーゲンには何種類もあって「ぷるぷる」なのはごく一部のコラーゲンにすぎません。例えば歯ごたえのある堅いビーフステーキだって主成分は「ぷるぷるでない」コラーゲンですが、誰もお肌をぷるぷるにするためにステーキを食べようとはしませんね。
コーヒーゼリーの話をしましたが、ゼラチンはコラーゲンを熱処理したもので、栄養価としてはほとんど変わらないものです。実は、フカヒレのぷるぷるコラーゲンを食べても、ビフテキのぷるぷるでないコラーゲンを食べても、コーヒーゼリーのゼラチンを食べても、栄養価としてはほとんど同じような作用しかないと考えられています。
中学校の教科書に書いてあるとおり、これらは胃袋の中の胃液でタンパク質として消化分解され、ほとんどアミノ酸かそれが数個つながったペプチド(ペプトン)にばらばらにされてしまいます。腸で栄養を吸収する場所は、小さな分子しか通さない膜フィルターなので、胃液でばらばらにしないと腸から吸収できないのですが、そのばらばらになったジグゾーパズルが元に戻ることはありません。ゾンビが復活するようにもとのコラーゲンに復元されたりはしないからです。これは糖類、炭水化物も同じでデンプンは小さな糖にばらばらにされてしまいます。
でも、スポーツ選手が焼き肉やステーキを食べて筋肉を作ろうとするのは昔からあることで、必ずしも間違いではないかもしれませんが、科学的裏付けやメカニズムはよくわかりません。ひょっとしたら、「偽薬効果」と呼ばれる心理的なものだったり、コラーゲン以外に肉に含まれている微量成分が作用しているのかもしれません。一方で、お豆腐しか食べない菜食主義者も筋肉は人並みにできて、全く生活に支障はありませんから、コラーゲンを食べなくてもコラーゲンが作られるのはわかりますし、食べても、そのまま同じコラーゲンを作るとは限らないことがわかります。

クラゲの身体の中には?

クラゲにも人間にも、身体を構成する物質としてフィブリン、アクチン、ムチン、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸などがあります。この中には健康食品などに使われているものもたくさんありますが、消化吸収時にアミノ酸や糖に分解されているものがほとんどなので、残念ながら、それらを食べたときに直接の補充にはなりません。ヒアルロン酸も糖がたくさんつながったもので、やはり消化吸収するときはばらばらにされてしまいます。
この「身体を構成する物質」を「細胞外マトリックス」もしくは「細胞外物質」といいます。細胞外物質は、必ず細胞が細胞の中や表面で作り上げてその外側に出していく(分泌する)もので、人間の身体も細胞だけではなく、それと同程度の体積の細胞外マトリックスでできています。美しいお肌も、たくましい筋肉も、加齢により痛む軟骨や骨粗鬆症になる骨も、お父さんの薄くなった髪の毛も、広い意味では「細胞外物質」のひとつです。

食事をすることによって消化吸収された糖やアミノ酸といった、物質はこういった細胞外物質を作り上げる「ブロック」として働くに過ぎません。こういうふうに身体の中を物質がいろいろ変化して移動していく作用や、それを実現する細胞などの働きを代謝といいます。余ったら余ったでエネルギーに変えられたり、他のブロックに作り替えられたりしますし、代謝も裏道を通れば糖や脂肪がアミノ酸になったり、アミノ酸が糖や脂肪になったりすることもあります。前述の菜食主義でも筋肉ができるという話を思い出していただければいいでしょう。
そうそう、クラゲには結構DHA(ドホサヘキサエン酸)などの不飽和脂肪酸が少なからず含まれているのですよ。

クラゲの成分の特徴

クラゲの生体の不思議については別稿で書かれると思いますが、クラゲという生き物が本当に1匹の動物かどうかはよくわかりません。自分でえさを採って生活し、運動神経と感覚神経、それに筋肉が備わっていますから、それだけで動物としての資格条件は整っています。でも、受精卵1個からプラヌラ、ポリプへと成長したあと、クラゲの人生(クラゲ生?)は。彼らはほとんど「ポリプ」で時間を過ごすはずですが、そこで無性生殖(要するに分身の術)で100以上に増えます。でも、皆さんのよく知っているクラゲは、そこからストロビレーションと呼ばれる変化で、ただただ効率のよい繁殖のためにまき散らされる花びらのようなもので、動物と言ってもずいぶん足らないものもあります。クラゲを殺すことを西洋の人は大変嫌いますが、生物と言っても、胃袋や心臓のような臓器が切り離されて泳いでいるようなものなので、そこまで感情移入をしてよいものかは意見が分かれると思います。クラゲは生物と言うより、機械に近い生き物だと考えていいと思います。

話がそれましたが、クラゲが生物全体の進化を考える上で、重要なのは
「運動、感覚の両神経と、本格的筋肉ができた最初の生物」
であるということです。そうすると、人間の身体のうちで、運動に関係にある場所に共通の物質がありそうだということになります。それはほとんど先ほど「細胞外物質」として例示したものに含まれます。筋肉を作ったり、骨を潤滑させたりする作用を持つ物質ですが、多くは人間よりもずっと簡単な物質を使っているのが特徴で、複雑でわかりにくい人間の病気も、より単純なクラゲを調べるとかえってメカニズムがわかりやすいと言うこともあるだろうと考えています。つまり人間と共通の機能性物質が、たとえば、骨粗鬆症や変形性関節症などの病気も、効率的な筋肉をつけたりする健康法も、クラゲを調べる基礎研究によって何かわかるのではないかと思っています。
おっと、最初に述べたとおり、すぐ「食べること」に結びつけて考えないでくださいね。

クラゲコラーゲンについて

さて、クラゲのコラーゲンについては、たくさんの研究例や特許があって、あまり強くはないですが、いくつかの薬理的な効果は確認されています。例を挙げますと、細胞レベルでの免疫物質の産生を促進する効果やACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害活性などです。これは細胞を使うなどした研究レベルの話ですので、これらの効果が、他の物質や食品より強いかどうかということも調べなければなりません。また、本当にコラーゲンという物質そのものの効果であるかどうかもはっきりしないことも問題です。大量のコラーゲンと一緒に抽出されるものということだけは確認されていますが、こういう生物的な作用は1/1000しか含まれていない微量成分によって引き起こされるケースもあるからです。それから、これらの効果は、一般的にごく弱いもので「薬にもならない」レベルであることです。「薬にもならない」ものがどうして調べられるかというと、これは測定技術の進歩によるもので、たとえば健康食品の「トクホ(特定保健用食品)」という概念も、ごく小さな効果を測定できるようになった最近の技術革新を背景にしています。「薬にもならない」から、薬事法による規制はないので、むしろ都合がよいのです。
ですから、もちろん、食べてすぐに効果があるというレベルではないことは皆さんもおわかりになると思います。でも科学の進歩によって、上記のような「弱い効果」でも、測定できるようになったわけです。長い目で見て本当に私たちの暮らしを豊かにする方向に使われてほしいものだと思っています。